HSPの生き方

プロフィール①~田舎のHSPで醜いガリ勉が東京に出るまで~

東京CPA会計学院

「HSPが社会と戦うためのブログ」というテーマでブログを執筆するからには、自らの社会と戦ってきたプロフィールを執筆する必要があるということで、しっかりとさらけ出していきたいと思います。

このころはHSPという概念は知る由もなかったため、なんか繊細で生き辛いなという感覚だけはありました。

あまりに長いので、シリーズに分けます。

挫折①:ガリ勉

北海道の超田舎に生まれ育ち、土木建築関係の仕事を行う父と、専業主婦の母という、当時としては普通の家庭で生まれ育ちました。

HSPらしく割と集中して授業を聞いていたので、当初の学業成績は良いほうでした。

ただし、これは田舎あるあるですよね。

小学校高学年から中学高校にかけて、不良がモテるし権力を持つ構造で、私も「ガリ勉」と馬鹿にされるようになりまして、目立たないように、テストいい点を取らないようにしていたのですが、そうしていると本当に頭が悪くなってしまったんですよね。

偏差値40ちょっとの願書出せば入れてしまう公立高校に入らざるを得ず、学業その他の意識の高い魅力的な知人に巡り合うという観点では、今思えばちょっとした挫折だったと思います。

挫折②:テレビ番組に騙されてひどい髪質になる

これは私にとって最も大きなトラウマです

小学校高学年のときに、とあるキー局のテレビ番組で「頭皮は洗うとはげる、シャンプーの泡を揺らすだけでよい。」という内容の番組があり、もっともらしい証拠映像と、専門家かアナウンサーかの発言つきで、しっかりと特集されていました。

多感な私は、それを真に受けて実践したところ、しばらくすると頭皮は荒れに荒れ(頭皮からわけのわからない膿のようなものが出るくらい)、皮膚科に何度も通院する羽目になりました。

その際の頭皮へのダメージで、特に前髪だけが部分的にチリチリになり、後ろの髪を伸ばして隠してみたもののの、当然隠し切れず学校で馬鹿にされました。

「なにそれ?前髪からチ〇毛かよ?」は先輩同級生複数人に言われました。

いまでも忘れられない記憶です。

そして、絶望した私は両親に内緒で学校をさぼりがちになり、さらに成績は落ちていきました

この世から消え去りたいといつも考えていました

精神的にも荒れて、補導や生徒指導を受けたこともありますが、先生たちの言葉は私の心にはあまり響かなかったですね。

誰も自分の傷を理解できるわけはないのだから。

多感な時代の少年にはあまりにきつい仕打ちでしたよ…。

前を向く①:東京に出たい

そんな状況下でも、私には兄がいるのですが、彼だけは私の話を聞いてくれ、唯一の完全なる理解者でした。

そんな兄は大学進学とともに東京に行ってしまいました。

そういえば、私が精神的に荒れて、 補導や生徒指導を受けたのも、兄が実家から行かなくなってからでしたね。

あるとき、親に兄の様子を見がてら、東京に行くように言われました。

久しぶりに会った兄は、彼女とも同棲し、勉強にバイトに元気そうでした。

私も東京に行けば少しは変われるかもしれない、そう思ってから、腐りきっていた私にも目標ができました

サボりがちだった学校にも行くようになり、バリカンで頭もスキンヘッドにして、チリチリを無効化して何とか精神的に持ち直しました。

自分で鏡でみて、チンピラか囚人にしか見えませんでしたけど。

そうすると、なぜか野球部の先生に可愛がられるようになりました。

その野球部の先生は東京の大学出身の先生だったので、東京に行きたいと言うと応援してくれました。

HSPだろうが、前を向くと人生変わるものです

原因自分論ですね。

前を向く②:大学受験をどうするか

そうはいっても、全く勉強してこなかった自分が、東京をはじめ全国の予備校にで毎日数時間努力し続けている受験生のライバルたちに勝たなければなりません。

すでに高校3年の夏休みになっていました

東京の大学に受験しに行くとなると、ただでさえ地理的に不馴れで仲間もおらず不安なうえに、そもそも塾も予備校もない田舎なので、独学のみで対抗するしかなく、志望校対策で勝てるわけがありません。

そこで、いろいろ調べて編み出した戦略が、当時はまだ新しかった「大学入試センター試験」(現在の「大学入学共通テスト」)のみで合否が決まる私立大学入試でした。

これなら、不慣れな東京に行かなくてもいいし、マークシートの運もあるし、漢字も英語のスペルも暗記しなくてもいい、おまけにMARCHレベルの大学も採用している、この戦略しかない、と思いました。

あとは、両親の説得も必要でした。

ただでさえグレてしまい生徒指導されるような息子ですから、信用がほぼ地に落ちています。

ただ、今回ばかりは頭を下げて頼みました。

「センター試験でいい点をとったら、東京の私立に行かせてくれ。いままで迷惑かけたけど、この大学に行けば公認会計士という資格が取れる、それを俺は目指したい。

公認会計士はその大学のパンフレットからたまたま引っ張り出した方便でしたが、両親もスキンヘッドで頭をさげる不良息子の願いを無下に断ることはできなかったようです。

そして、兄からの説得もあったと聞きます。

そこからは、ひたすらセンター試験対策の問題を解きまくり、わからなかったらすぐ回答をみてわかるまで解説にメモを書きなぐりました。

全ての時間をセンター試験対策に当てました。

そして戦略は見事にはまり志望校に合格しました

そんなに学歴が高い大学ではないかもしれないけど、私にとってほぼ初めて自分でつかんだ成功体験でした

そして、置かれた環境に嘆かず、その中で戦略を立てることの重要性を学びました

(プロフィール②に続く)